ニッコール千夜一夜物語が更新されて、今回は第九十四夜 ニコンミニ AF600QD/Lite-Touch AFだ。執筆は大下孝一氏。
その中で気になったのは、ニコンミニに搭載のニコンレンズ28mm F3.5だ。3群3枚のビハインド絞りのトリプレットタイプのレンズだ。それも各レンズが「突き当て」になっている。
禺画像]いわゆるビハインド絞りのトリプレットタイプのレンズである。以前お話したと思うが、トリプレットレンズは、色収差を含むすべての収差を補正できる最小のレンズ構成である。世界最小カメラといえども普通の価格帯で販売されるカメラなので、私の中では3枚のレンズで設計することは設計当初から決まっていた。このレンズの特徴は、各レンズの間隔が接近しており、レンズの縁で接触することで全てのレンズ間隔が決まる構成になっていることだ。このような構成を社内では「突き当て」といっているが、レンズの加工精度だけでレンズ間隔が決まるため、レンズを精度よく安定して生産することに寄与している。ちなみに第3レンズの両凸レンズは、前側面と後側面の曲率半径を全く同じにしており、組み立て時の表裏判別の手間を省いている。
レンズ同士の間隔を極端に短くすることはトリプレットレンズで28mmのスペックを実現するにはどうしても必要な事項だった。一般にレンズを広角化するには、レンズ間隔を広くとり、光線をゆるやかに曲げるというアプローチと、レンズ間隔を狭めることで、画面最周辺での高次の非点収差の発生を極力抑制するという2つの真逆のアプローチがあるが、前者のアプローチが使えるのは、レンズ枚数が豊富に使える場合に限られるため、トリプレット限定の設計では当然後者のアプローチを採用し、各レンズの間隔を可能な限り狭めているのである。さらに高次の非点収差を抑制するため、画面周辺に結像する光線がレンズの端部を通る第1レンズの屈折力を極力弱め、逆に絞りに近い第3凸レンズの屈折力を大きくしている。またレンズ間隔を狭めると、像面湾曲の指標となるペッツバール和が大きくなるため、第3凸レンズには高屈折率低分散ガラスを用い、像面の平坦性を確保している。
このレンズの描写について簡単に解説しよう。このレンズはトリプレット構成であるため、画面の最周辺まで均質で高解像な描写をするレンズではない。このカメラを使ってくださるユーザーを想定して、画面の主要部分が開放からコントラストのよい画像となるよう設計されている。L版プリントを主に見て楽しむユーザーにとって、解像力が高いことより、見た目の鮮やかさやコントラストの高さが重要と考えたためだ。とはいえ主要被写体が配置される画面中心あたりの解像力が低いと、L版や2L版プリントでも良し悪しがわかってしまうため、画面中心部の解像力とコントラストはできるだけ高くするようバランスした。像面湾曲および非点収差は残存しており、絞り開放では画面中間で一旦解像力が低下するが、画面6〜7割でふたたび向上し、画面8割より外側で低下する。この解像力低下は絞り込むことである程度改善される。
軸上色収差、倍率色収差は、色のにごりにつながるため十分小さく補正しているが、開放付近の画面周辺では色のコマ収差が残存しており夜景などの実写で確認できる。これもコマ収差であるため、絞り込むことで目立たなくなるだろう。歪曲収差は、画面の主要部分では極めて小さく目立たないが、画面のごく四隅で-1%強の樽型歪曲がある。
そして、このレンズで一番特徴的なのは周辺光量だろう。このレンズのようにレンズの後ろに絞りを配置するビハインド絞りのレンズは原理的に周辺光量が少ないという宿命があって、このレンズも例外ではない。開放から可能な限りビネッティングを少なくするよう配慮したが、絞り込んで開口効率が100%となった場合でも大きな周辺減光が残るため、シーンによっては目立つことがあるだろう。
セコメントをする